カナダに帰る前に何か一つ日本の舞台劇が見たいなと思っていたので、妹に頼んでチケットを取ってもらったのが「デカローグ」という舞台だった。
新国立劇場というところに初めて行った。この劇の内容は、有名なところで昔「トロコロール 3部作」というフランスの映画あったが、その映画の監督(何度聞いても名前が覚えられない)が作った作品で、もともとはTVドラマシリーズの話を舞台化したそうな。いくつものお話に分かれていて、私が見れたのは第5,6話。「ある殺人に関するものがたり」と、「ある愛に関する物語」だった。もともとものすごい明いお話ではなくて、暗いお話の中にも希望がある、みたいな映画が多いポーランドの監督さんというのもあるのだけれど、5話はさすがに重そうだなと思っていた。そして案の定重かった。なんていったって、人殺しをしてしまう青年の死刑が最後のシーンとなる。こういうのを毎日稽古をするのは大変だろうなと思った。
6話になると、ちょっと笑える場面があったり、幾分明るくなった。たまに思うのだけれど、ポーランド人を日本人がマネして演じたり、アジア人ではない役を日本人が演じながらのお話というのは、超コメディーとかでないと、なんとなくなれるまで違和感があったりするのは私だけだろうか。とはいえ、このお話をやるとなると、ポーランド文化や人柄、そして政治的背景が大きく影響しているだろうから、リメーク版として舞台を日本やほかのアジアに置き換えるというのも、かなり内容が変わってくるだろうからしょうがない。
しかし、役者さんたちの演技も素晴らしかったし、セットもなかなか凝っていてユニークだったし、色々見どころがあってよい時間だった。そして、カナダでの劇場鑑賞経験と日本のそれとを比較して、大きく違うと感じたことがいくつかあった。
まず、撮影に関して。もちろん開幕中の撮影はどちらの国も禁止だけれど、始まる前や休憩時間にシャッターを取るのは、カナダでの私の経験上、何の問題もなかった。ここ新国立劇場(小劇場)では、休憩中冒頭の写真を撮ろうとしたら、下のほうで警備している女性が大声で「劇場内での撮影はお控えください」と私に向かって叫んだ(写真左下にいる女性)。どっちのルールがいいとか悪いとかではないのだけれど、お芝居をやってないときでも撮影を禁止する理由は何なんだろうな、と興味本位で思うのだった。そして申し訳ないが時はすでに遅く、私は冒頭の写真一枚を取ってしまっていたのだった。
次に、「あ、これだよね、日本の感じ」と思い出したのが、休憩時間の過ごし方というか、静けさだった。写真でもわかる通り、インターミッション中の劇場内でも、明らかに一人で来ているという人が多い。そしていわゆるロビーでも、おひとりさまが多いため、シーンと静かなのだった。カルガリーでの経験はどうかというと、インターミッションというのは、ある人は飲み物を頼み、グラス片手に2,3人でいろいろな話をしたり、とにかくコミュニケーションの時間でざわざわワイワイうるさい。おひとり様で来る人は割とマイノリティーだろう。
そして思い出した。初めてカルガリーのマチネの劇に一人で行ったとき、一人で来ている人が自分ひとりだけのような気がして、ロビーでのインターミッション中の時間は自意識過剰になりものすごく居心地が悪かったのを。カナダ人は意外にシャイだから、アメリカ人のように、またはニューヨーカーのように、誰かが話しかけてくると言う事もあまりないほうだと思うのだが、日本にいるとさらに、全くそういうことはないよなーというあの感覚を思い出したのだった。
とにかく観察が面白いので、二階のベンチに座って下のロビーのあたりを見ていた。すると、たまに、粋な人を見かける。やっぱりおひとり様はおひとり様なのだけれど、売店でドリンクを頼み(アルコール)、立ちテーブルで、飲みながら何やらを読んでいる。服装もとりあえずきちっとしていて、行き過ぎもせず、ラフすぎもしない。自分の時間の楽しみ方を知っていて、誰かが話しかけてくるのを期待しているわけではないだろうけれど、仮にそういうことが起きても、彼のドアは開いている、というどこかオープンな香り。あとは、劇団関係かわからないが、学生らしき若者のグループが何組かいた。ロビーで笑ったり大きな声で話すことがまるでタブーにされているかの如く、彼らはドアの外にある庭のようなところにでて楽しそうに話していた。
ああ、それから、さすが新国立劇場でやるお芝居だけある(?)からか、よくカルガリーの劇場で見る、役者たちがこぞってセットを舞台袖に持ち帰ったり持って来たりを、自分達でしているのと違い、この劇では、大道具、小道具係というのがしっかりいて、役者たちはあくまでも演技をすることだけに集中していたことだった。
このような経験も、日本全国行って見たらまた違うだろうと思うから、「日本では」とはくくれないと思うし、カナダでも劇団の大きさや、劇場の大きさによっても違うのだろう。まだまだ経験不足でいろいろ断言できることはないけれど、なににしても、劇を見に行こうというお客さんがいるというのは素晴らしいし、どんなにデジタル化しても、またはデジタル化しているからこそ、生のお芝居の貴重さや楽しさが増しているのではと思うのだった。
また一週間💛