約一年ぶりの日本は、緑が美しく5月晴れのつづく快適でキラキラしている日々だった。
今回はササっと一人で帰郷だったために、よし!と自分の気の向くまま、ほぼ美術館巡りをしたり、まあまあ人と会ったり、甥っ子たちと時間を過ごしたりして、充実していたと思う。
日本の美術館の多さとコレクションのすばらしさ、そして来ている展覧会のすばらしさ、美術館そのものの建物やそれぞれの展覧に合わせて作られた空間の芸術性と美しさ、そしてそれを見に来る人々に再度圧倒される。カナダはどれほど芸術に関してまだまだ遅れているというか、かなわないなとつくづく思ったのだった。
いくつか行った美術館の中で、今まで知らなかったけれど、とても印象的だったのが、京橋にある「アーティゾン美術館」だった。ここでは「ブランクーシ」というアーティストの展覧会をやっていたので、それを目当てにいったのだけれど、何しろ初めて行ったせいもあって、普段のコレクションを見ることも私にとっては刺激的だった。
まずここの建物からして素晴らしくモダンで美しい。4階まであるその美術館(あれもっとあったかな?ちょっといろいろ回ったので、記憶が混ざってしまって不確か)はそれぞれの階の天井もかなり高い。そしてここの通常コレクションがこれまた「ホント?」と思うような、世界の素晴らしいアーティストの作品があるのであった。知らずに入ったこの美術館の説明を読みながら、ここは石橋財団が立てたものだと分かった。石橋財団と聞いて、すぐに「そうなんだ」と思い当たる人はすごいと思う。私は説明を最初から最後まで読んで、初めて知った。ブリヂストンの石橋正二郎が創設者なのだった。(美術館サイト)
それからまた、ブリヂストンという名が、石橋という名前を逆さにして英語にしたところから来ていると言う事を始めて知ったのだが、これは一般常識ぐらい有名な話なのだろうか。だとしたらホントに世間知らず、もの知らずでお恥ずかしい話ではあるのだが。
石橋氏は福岡県久留米市の出身で、地元久留米市の美術館に石橋正二郎記念館があると言う事も知った。日本は全国でいろいろ素晴らしい美術館があると言う事も、世界で誇れる素晴らしいことなのではないかと思う。
アーティゾン美術館のもう一つすごいのは、たいていの美術館は足元に線が貼られていて、これ以上作品に近寄らないようにという指示がされているけれど、ここの作品においては海外の美術館を思い起こすような自由さがあった。それもあながち石橋氏の意図したことだろうと思ったそのわけは、あとあとまた説明を読んでいたら、彼がNYのMOMAを訪れた時に「自分もこんな風に、人々がフラッと来て楽しめるような美術館を作りたい」と思ったことが創立のきっかけとなったと言う事からである。
そしてどの美術館も美術館ショップが楽しい。こんなにポストカードがある美術館は日本ぐらいではないかと思う。日本人ではない人たちも、我々に負けずにポストカードを買っていた。余談になるけれど、ポストカードとか、グリーティングカードがいつから日本のほうが素晴らしくなったのだろうか。私はこの後歩いて銀座へ行って、Itoyaに寄ったのだけれど、たくさんの外国人観光客の人が目を光らせてポストカードを選んでいた。そして私も負けずに「やばいここ」と思ったのだった。昔、黒柳徹子の本で彼女が「海外に行くとかわいいカードがいっぱいあって、ものすごくたくさん買って帰ってきた」と言う事を書いたのを覚えているけれど、なんのなんの、日本にはかないません。手ごろに買えるアートがいっぱい。
素晴らしいということが多すぎる日本なのだけれど、一つ言えることに、「無駄」や「過剰な資源の消費」があってのこの姿だと思う。で、私は、そういうことを抜きにはなかなかアートは成り立たないし、持続できるところまで無駄遣いをして行って、この素晴らしいアート性、完璧性を保持してほしいと思っている。なんというか、環境保護を歌いながら、実際ちっとも実践的に効果を出す努力をしていないような、それでいて、やたら節約をして美的センスや丁寧さをなくすこちらの習慣にウンザリしているのだった。
もうちょっと日本帰国編を続けるつもり。また一週間💛